平成29年度 第2回公開研究会
日時
2017年11月11日(土)午後3時~午後4時30分
会場
発表者
落合 博志(国文学研究資料館 教授)
元興寺願暁撰『内外万物縁起章』について―新出上巻の紹介―
【発表要旨】
平安初期の元興寺の学僧願暁(?~874)には、『金光明最勝王経玄枢』(10巻)、『大乗法門章』(4巻、うち巻二・三存)などいくつかの著作が伝存する。
その一つ『内外万物縁起章』は、上中下3巻のうち中巻のみが知られ、大谷大学所蔵の写本を底本として『日本大蔵経』三論宗章疏一に収められた。中巻は天地篇第三と日月篇第四から成り、天地篇は10章、日月篇は16章で構成されている。
数年前、たまたま本書上巻の写本を入手したことから、今回の公開研究会の場をお借りして紹介させて頂くこととした次第である。
上巻は仏法篇第一と人類篇第二から成り、仏法篇は「仏法元始如何」から「行香其由如何」までの17章、人類篇は「産生其由何依」から「夫妻各何時始」までの11章(ただし、架蔵本は第八章の途中以下の本文を欠く)である。中巻の2篇と同様に諸経論疏等を引きつつ記述しており、その数は50種近くに上るが、直接引用のみでなく孫引きも含まれるらしい。引用書の中には『暦録』(逸書)や『元興縁起』が見られ、後者は現存本『元興寺縁起』との関係について問題を提起する。人類篇冒頭の数章は、日本撰述の書における胎生学的記述の早い例であり、その中に偽経『天地八陽神呪経』が引かれていることも注目されようか。なお中巻には成立年代の手掛かりがなかったが、仏法篇の第七章に「問仏涅槃以来至于承和八年凡経幾年」の文があり、承和八年(841)を成立の目安としてよいかと思われる。
従来は中巻の天地篇・日月篇しか知られていなかったため、「平安朝に於ける仏教天文学の一面を知ることの出来得る好資料である」、「印度古来の経、論、釈などに基づいて、物理的世界観をまとめた書物の残欠本」といった概括がなされていたが、新たに上巻が出現したことで、『内外万物縁起章』という書名に象徴される本書の性格がより明確に捉えられるようになったと言えよう。
仏教思想については門外漢のためあまり立ち入った分析は行えないが、ひとまず新出上巻の内容の概略を紹介することを以て今回の発表の目的としたい。
彌永 信美(前フランス国立極東学院 契約研究員 東京支部代表)
インド、中国、日本における憑霊信仰をめぐって ―雑密文献の世界への入り口として―
【発表要旨】
本報告では、インドにおけるアーヴェーシャの儀礼(憑霊による予言や病気治療など)を出発点として、インド、中国、日本のさまざまなヴァリエーションを概観し、それが現実の「生きられた宗教」の歴史で重要な意味をもったであろうことを述べる。まず、それぞれの国の憑霊信仰に関する最近の研究の動向に触れ、各文化にかんする研究が大きく進展していること、しかしその間の連絡がとれていない現状について報告する。次に、インド、中国、日本の順で、いくつかの事例を挙げて、肉付けを試みる。インドについては、5世紀前半に遡るアーヴェーシャ儀礼の初出例と思われるものを挙げ、後の展開の中でどのようなヴァリエーションが生み出されたかについて触れる。それに関連して、インド宗教のタントラ化の問題に言及し、とくに初期において、仏教が大きな役割を果したであろうことを強調する。この点に関しては、漢訳仏典、とくに雑密文献の研究をインドのタントラの歴史の中に位置づける作業が急務と考える。中国については、これまでの研究では盲点とされていた分野、すなわち宋代以降の中国の民間宗教において、密教的要素を含む仏教儀礼が重要な位置を占めることに最近の研究が注目して、大きな成果を挙げていること、道教、仏教と民間宗教が習合していく過程を重視する研究が必要であることを述べる。日本については、近年の研究が大きく進展しており、それによって、これまで「日本固有のシャーマニズム」としてほとんど無・歴史的な事象として扱われてきたさまざまな憑霊現象が、インド由来のエリート文化を経由して移入されたアーヴェーシャ儀礼の影響下で、複雑に展開した歴史的な信仰の現象として捉え直すことが可能になってきていることに注目する。ただ、これまでの研究は信仰史が中心になっているので、対象とされる資料に偏りがあったと思われる。大規模な密教儀礼の研究では扱われなかった、加持祈祷など、密教僧(験者)のより日常的な宗教活動に関する資料の発掘から、新たな視野が開かれるであろうと考える。また、中世から近世に至る過程で、そうした事象が民間宗教の中に浸透し、新たな宗教文化を生み出したことも予想される。歴史民俗学/歴史人類学的研究と文献学的研究の狭間を埋めていく作業が重要と思われる。 本報告では、例外的に古写経について述べることはないことを断っておきたい。古写経/聖教の研究者には、この分野に注目し、新しい資料の発掘を心がけてくださることを期待したい。その場合、他の文化との比較といった広い視野を保つことが特に重要である。
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