日本語史資料として見た岩屋寺蔵『高僧伝』について
-写本から刊本へ-
平成26年度国際シンポジウム発表要旨
金水 敏(大阪大学大学院文学研究科 教授)
山田 昇平(大阪大学大学院文学研究科 博士後期課程)
中野 直樹(大阪大学大学院文学研究科 博士後期課程)
岩屋寺蔵思渓版一切経に含まれる『高僧伝』には、全十四巻に亙って稠密かつ正確な読解に基づく墨点(仮名点)と朱点(句読点・返点)が施されており、全文をほぼ完璧に読み下すことができる。古訓点資料としては学界未公開であり、資料的価値は大変高いものと期待できる。しかしながらここに問題がある。本書にはいくつかの識語があるが、加点・移点については明瞭な記述がなく、誰が、いつ附けたものであるか不明である。巻十四巻末には、経弁(寛元4年〈1246〉〜嘉暦元年〈1326〉)の筆で「此傳一部十四巻桂大納言入道殿自筆之語日記也」とあり、桂大納言入道即ち藤原光頼(天治元年〈1124〉〜承安3年〈1173〉)の点であるともとれるが、全文仮名点であること、返点の形状(雁金点)が新しいものであること等から、光頼自筆点とは考えにくい。おそらく、鎌倉初期をさかのぼることは難しいであろう。しかし一方で、平安末期の点を読解・移点したものと考える可能性も残されている。
本発表では、仮名字体、返点、語彙、訓法、漢字音等の徴証から、岩屋寺蔵『高僧伝』古点の特徴を明らかにし、加点年代を推測するとともに、その日本語史上の価値について述べることを目的とする。