今西 順吉 (国際仏教学大学院大学 教授)
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「写本・大蔵経と流布本」
文献の伝承には幾つかの基本的な類型があると考えられる。第一に、写本がある。写本には書写の際の誤写や、誤読などにもとづく異読によって、多様な写本が生ずることになる。中国で漢訳され伝写されて広まったから、その間にこのような変容を経ている可能性が大きい。しかし単に字句における異読にとどまらず、法華経のようにテキストそのものに大幅な変更が加えられた場合もある。第二に、特定の宗派などが聖典として伝承する場合である。この場合には多くの人々が聖典として共通に保持するので、テキストがかなり正確に伝承されていることが期待される。第三に、諸大蔵経の刊行によるテキストの定着がある。しかし大蔵経は文献史的にはかなり後代に属することと、大蔵経をテキストとして使用することは稀であったから、多くの人々が実際に読誦・研究するために用いたテキストは第一の場合の特定の写本であり、それが流布本となったと考えられる。そして流布本は第二の場合と重なることがあるが、流布本が諸大蔵経のテキストと必ずしも一致しないことは、流布本と大蔵経(特に高麗大蔵経)との校合がしばしばなされていることからも、知られる。奈良・平安時代に遡りうる古写本の発見は流布上の由来を知る上でも極めて重要である。
説一切有部の文献は概して第二の部類に含めることができると考えられるが、古写本との校合によってどこまでテキスト伝承の実態に迫ることができるかを、阿毘達磨品類足論について考察したいが、とりあえずその第一品を取り上げて安世高訳『阿毘曇五法行経』等によって検討することとしたい。
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