発表要旨
方 廣錩(上海師範大学 教授)
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「敦煌遺書と奈良平安写経の異同」
敦煌遺書は中国の古写経に属しており、それを中国古写経全体の背景下に置くことによって、はじめて日本古写経との異同を的確に把握することができる。
写経史の観点から考察する場合、中国・日本の古写経はいずれも大蔵経が中心である。大蔵経の発展に関して言えば、中国の写経が成立してから今日に至るまで、およそ六段階に分けられる。刊本大蔵経の出現に従い、写経は南宋代から徐々に大蔵経としての教理的機能を失いつつ信仰的機能を強めてきたが、日本においては長期にわたり教理的かつ信仰的機能の両方を完全に体現してきた。特に奈良平安写経はもとより大蔵経であり、その蔵経としての機能と形態とは完全であり全面的である。
敦煌遺書は、完全な大蔵経ではなく廃棄された仏教典籍を中心とする古代遺産である。この特殊な性格によって、敦煌遺書は奈良平安写経と共に古代遺書に属している点でいずれも考古学的な研究価値の高いものであるが、しかし内容が大きく相違しており、文献研究の価値もそれぞれ異なっている。
すなわち、奈良平安写経の研究価値は入蔵文献を主としている点にあり、敦煌遺書の研究価値は未入蔵文献を中心としている点にある。入蔵文献について言えば、奈良平安写経は基本的に古代の漢文大蔵経の全貌を反映し得るものであり、現存本の伝承の研究にとって多大な価値を有している。しかし、敦煌遺書は校勘に使用できる以外にも、文献の多種多様な流伝の形態を反映しているという点でさらに注目に値するものである。
仏教研究において敦煌遺書と奈良平安写経はそれぞれ補い合う役割を担うのである。
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