国際仏教学大学院大学
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    平成18年度国際シンポジウム発表要旨 
    

   今西 順吉 (日本 国際仏教学大学院大学教授)
金剛寺本阿含経について

 金剛寺一切経の古写経の中には四阿含経が含まれているが、その中でも増一阿含経は特に注目される。増一阿含経は一般的には五十一巻から成るのに対してこれは五十巻である。一巻少ないのは通常は第二巻とされるものが第一巻の中に含まれるためである。聖語蔵を含む奈良平安古写経のすべてが五十巻本であるばかりでなく、それ以外にも諸寺院所蔵一切経の写経がいずれも五十巻本であることは、日本ではこの系統の写経が転写されてきたことを意味するのかもしれないが、他方では磧砂宋版や洪武南蔵のように、通常は二巻に分ける「十不善品第四十八」を一巻に収めることから全体で五十巻となる例もあるので、確定的なことは言えない。
 大正蔵経の増一阿含経は高麗大蔵経を底本としているが、その第一巻と第四十二巻の末尾に高麗本にはそれぞれ脱漏のあることを記している。同じことが日本校訂大蔵経(縮蔵)にもすでに注記されているが、この脱漏はすでに金剛寺本(第一巻と第四十一巻)にも見られる。しかしこの事実は金剛寺本が高麗蔵経を写したものであることを意味するわけではない。以下の諸事実から推定される。
 増一阿含経は五十巻本でも五十一巻本でも五十二品から成るが、それにもかかわらず高麗本が五十品であるのは、第四十四品の次ぎを第四十五品とせずに再び第四十三品として数えるために、実際は五十二品あるにもかかわらず最後が五十品とされることによる。このような数え違いが他の諸本においても見られる。それに対して金剛寺本が五十一品であるのは通常「序品第一」とされるものを単に「序」とし、次の「十念品第二」を「十念品第一」と数え始めることによる。従って実質内容としては五十二品になるけれども、品数としては五十一となっているのである。これは聖語蔵などとも同じと見られるが、高麗蔵経本とは異なる。
 以上の事実から、金剛寺本の増一阿含経は高麗蔵経(再彫本)以前の、より古い奈良平安古写経の形態を伝える転写本と見なすことができるであろう。
 写経の形態という面でなお附言するならば、経の字数について金剛寺本は高麗本と異なった字数を挙げている。これは本文に即して字数を検証する必要がある。
 本文の字句に関しては、諸本の異同は際限がないが、興味深い例の一端を示すと、増一阿含経には「於此衆中」という定型表現が繰り返し用いられている。ところが一箇所だけ聖語蔵・金剛寺本・高麗本のみが「此」を「是」として「於是衆中」とすることがある。この三本の間にはこれ以外にも顕著な共通性が見られる。これらの例だけを見るとこの三本が極めて親密な関係にあることを表すごとくであるが、この三本の間にも違いがあり、金剛寺本が宋本などの三本とよく一致する場合も少なくない。金剛寺本と現存諸本との異同は極めて複雑な関係にあるが、金剛寺本や聖語蔵など奈良平安古写経が原本の復元に貢献することは疑いがない。四聖諦に関する本文の比較によってその一端を見ることとしたい。


  
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