『楞伽経』第八章に関する文献学的所見 『楞伽経』は、原典のサンスクリット本、三つの漢訳(求那跋陀羅訳443年、菩提流支訳513年、実叉難陀訳700-704年)、二つのチベット訳(梵本からの訳と求那跋陀羅訳からの訳)として伝存している。 仏教における肉食を論ずるモノグラフ(出版予定)に関連し、私は散文と偈頌とから成る『楞伽経』第八章「食肉品」を研究してきた。 求那跋陀羅訳は、特にその散文部がサンスクリット本よりもかなり短い。当時「食肉品」はまだ形成途上にあったのかもしれない。 菩提流支訳と実叉難陀訳は、現在のサンスクリット本よりもごく僅かに短いサンスクリット原典を予想させるが、特に菩提流支の方は全体的に意訳しているようであり、また、しばしば原典を増広したり、一部の順序を入れ換えたりしている。 チベット訳はおおむねサンスクリット本に一致する。 南條によるサンスクリット校訂本は称賛に値するものであるが、第八章に関してはわずか四つの写本(うち一本は年代不明)のみに依拠しているだけであるので、問題がないわけではない。この理由のために私はさらに多くの写本を使用せざるを得なかったが、「ネパール・ドイツ写本保存プロジェクト」(1970年設立)のおかげで多くの写本を入手でき、大谷コレクションからも一本の写本を入手できた。しかしながら、これらはいずれも17世紀以降のものであると思われる。より古い写本がチベットに保存されていたようではあるが、管見には及んでいない。とはいえ、南條本の相当数の箇所を改善することは可能であり、また過去数世紀に渡ってサンスクリット本が蒙った重大な悪しき変化を示すこともできる。 他写本との系統的な校合は大谷写本に関してのみ実証し得るが、私はこれまでのところ系統図を作れないままでいる(そして、恐らく実際のところは不可能である)。しかし、入手可能な諸写本がほぼ二、三の系統に分類されるということは示し得る。 諸写本の中には、より適切な読みを保持する傾向を示しているものもある。数カ所については、少なくとも一つの写本が、推定される本来の表現に非常に近いという場合もある。本発表では若干の例を挙げながら以上のことを詳しく説明したい。 そのようにして復元されたテクストの正当性が時おり求那跋陀羅訳によって裏付けられることもある。しかし、いずれの写本も満足のいく読みを提示しない場合もある。ただし、チベット訳や求那跋陀羅訳を含む漢訳に比べ、サンスクリット写本の方が本来の読みを保持してきただろうと示唆する外的証拠が少なくとも一事例は得られる。