国際仏教学大学院大学
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    平成19年度第2回公開研究会 発表要旨
 
牧野 和夫(実践女子大学教授)
書写一切経と宋刊一切経―ひとつのケースを軸に―

 現存する書写一切経の底本に関する研究は、現在、奈良写経との関係で極めて多くの貴重な成果を挙げつつあるが、平安末期の書写一切経と同時期の舶載宋版一切経との関係は、明瞭ではない。書写一切経とその底本となった宋刊一切経とが、ともに現存する稀なケースを紹介し、以て、底本を舶載宋刊一切経とした〝書写一切経〟の具体的な事例を報告し、ひとつの貴重な「ケース」としたい。
 宗像大社保管(興聖寺蔵)色定法師書写一切経は、博多宋人将来の宋刊一切経を底本として書写された書写一切経であることは、書写識語によってほぼ確定しうる。
 ところで、この色定法師書写一切経の底本となった博多宋人将来の宋刊一切経は、かつては黒田長政の寄進に係る日光輪王寺蔵宋刊一切経とされてきたが、調査により思渓版と判明、色定書写一切経底本が「東禅寺版」主体とされてきたこともあり、日光輪王寺一切経説は否定されるに至った。
 知恩院蔵宋版一切経については、一九七五年発表の是澤恭三「知恩院蔵宋版一切経の伝来に就いて」(『南都仏教』35号、1975年)によって、色定法師書写一切経の底本となるものであろうとの推論がなされている。
 平成時の再調査において顕在化した新知見(調書を披見し確認。宗像社文化財保存課の御厚意による)を以て見直すとき、知恩院蔵宋版一切経を色定法師一筆一切経の底本とする推論に多くの不審点が浮上してきたが、現在迄、解明されず残されてきた。従って是澤説は、殆ど採用されることなく経過してきたが、その後の知恩院蔵一切経の補充調査に拠る再調査(進行中)を行い新たな事実が確認され、知恩院蔵宋版一切経は、宗像社旧蔵として知られた博多の宋商人将来の宋刊一切経であることがほぼ確実となった。日本の平安後末期の現存書写一切経で底本が判明し、而も現存する舶載宋版一切経と解明できたものはおそらく色定法師書写一切経が初めてではないかと思われる。
 その調査の途中報告を行うことで、解明される諸点を提示させていただきたい。
  
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