池 麗梅(東京大学東洋文化研究所外国人研究員・元学術フロンティア研究員)
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『穢積金剛法禁百変法』について
穢積(えしゃく)金剛とは、サンスクリットUcchuşmaの訳語であり、烏枢沙摩(うすさま)明王、穢跡(えしゃく)金剛、不浄潔金剛、火頭金剛とも呼ばれる。この神は、古代インドでは火の神アグニを指し、敦煌の壁画では不浄潔金剛という名で表現され、日本では便所等に置かれることが多い。一説では「不浄諸悪を禊する効能を持ち、菩薩が悟りを開くための修行中に諸悪から防御する役割を果たす」神とされている。
穢積金剛の事跡を称える仏教経典には、『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門一巻』(T21, no. 1228)と『穢跡金剛禁百変法経一巻』(T21,
no. 1229)などがある。このうち、『穢跡金剛禁百変法』は円仁と円珍が中国から二度にわたって将来したものであるにも関わらず、江戸時代から疑経とされてきた。それは、『寂照堂谷響集』(第一)に指摘があるように、仏教経典でありながらその中に『抱朴子』の入山符と相似する四十六の符呪が含まれているのが甚だ不思議なためである。『谷響集』の著者は「豈有譯梵文真言、作巫者咒語之理也」と批判し、『穢跡金剛禁百変法』が疑経であると断定した。
『穢跡金剛禁百変法』の現存テキストとしては、『大正蔵』を含む種々の版本大蔵経本のほか、敦煌写本ぺリオコレクションの中に写本が一点ある。敦煌写本のテキストは、版本のテキストとの比較において語句の出入が多数確認されるが、四十六の符呪に関してはほぼ一致した。これらのテキストを根本資料として『穢跡金剛禁百変法』の真偽問題を考慮する場合、『寂照堂谷響集』の見解は妥当であると言えよう。
しかし、本研究発表では、日本古写経本『穢跡金剛禁百変法』テキストに基づいて、同経典が真経である可能性も示唆したい。更に、三種に大別できる現存テキスト―日本古写経本・敦煌ぺリオ本・大蔵経本を比較し、『穢跡金剛禁百変法』のテキストの歴史的変遷を明らかにすることを目指す。
*サンスクリット表記の都合上、上記の文章に一部Centuryのフォントを使用しております。
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