『摩訶止観』全十巻は、天台大師智顗(538―97)が隋の開皇十四(594)年に荊州玉泉寺の夏安居で講説した内容を、弟子の章安灌頂(560―632)が筆録し校訂したものである。全体は、大意・釈名・体相・摂法・偏円・方便・正(修止)観・果報・起教・旨帰の十章からなっており、天台宗の観心を説き、仏道修行の本拠とすべきもので、同じく智顗の撰述になる『法華玄義』全十巻・『法華文句』全十巻と合わせて「天台三大部」と呼ばれており、天台宗の教義の根本をなす聖教の一つである。
『摩訶止観』は、奈良時代に鑑真によって将来されており、入唐前の最澄もこれを書写し、また最澄自身も唐からの帰朝に際しては、その写本を将来したことが知られている。しかし、それらの遺品は現存せず、平安時代中期に遡る本巻が現存最古と見られる。
本巻には、第一章である大意のうち、発大心の項が収められている。料紙は、一紙長の平均が四七・三cm前後の楮の打紙、二一紙を用いており、本文の書体は、書き進むにつれて楷書体から行草体になってはいるが、全体的に細身の筆線の端正な字すがたになっている。その字すがたは、平安時代中期の特徴を備えているといってよい。
本巻で重要かつ注目すべきは、本文に付されている朱点・白点・緑点の仮名とヲコト点、および墨書の仮名である。これらの訓点については、既に築島裕著『平安時代訓點本論考 假名字體表・ヲコト點圖表』に採録されており、それによれば、この朱点・白点・緑点の仮名とヲコト点(第五群点)は平安時代中期の長保年間頃(999―1004)に付されたものと解説されている。また墨書の仮名は、院政期に付されたものと見られる。
現存最古の写本と見られ、訓点資料としても重要な本巻の書誌学特徴を詳しく述べることにしたい。
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