林寺 正俊(国際仏教学大学院大学学術フロンティア研究員)
「日本古写経の系統分析−『中阿含経』を例として−」
四阿含の一つである『中阿含経』は全18品・全60巻から成る原始仏典であり、この中には全部で222の個別経典が含まれている。
『大正蔵』の底本となった高麗再雕本をはじめとする各版本、また正倉院聖語蔵をはじめとする日本古写一切経の『中阿含経』をみると、各品・各巻・所収の各個別経典の末尾に、字数の合計数が記されているものと記されていないものとがあり、しかも字数が記載される場合でもその数字が一致しない場合がある。この文字数の記載に注目すると、諸本はおよそ三つのタイプに分類される。すなわち、@各品・各巻・各個別経典の文字数を一つの漏れもなくすべて記載するもの(高麗再雕本)、Aどの巻にも文字数を一切記載しないもの(正倉院聖語蔵=光明皇后天平12年御願経)、B数字を記載する場合と記載しない場合の両方が混在しているもの(高麗初雕本、金蔵広勝寺本、房山石経、磧砂本、金剛寺本、七寺本など)である。
では、記載される数字が同じであれば、果たして経典の本文そのものも同じ系統にあると言えるのかどうか。あるいは逆に、数字が記載されていない諸本同士の本文そのものは同じ系統にあると言えるのかどうか。記載される数字の問題に加えて、テキスト本文の系統について検討するには、各経巻のそれぞれについて異読を丁寧に調べる必要がある。とはいえ、『中阿含経』は全60巻の大部なものであるから、今回はそのすべてについて詳細に検討することはできず、あくまでもサンプル的に限定した検討にせざるを得ないが、本発表では『中阿含経』の若干の巻の異読を検討することによって日本古写経本の系統を分析するとともに、その分析の仕方についての作業仮説的な方法論を提示したい。
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