国際仏教学大学院大学
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  発表要旨   
 

陳金華(カナダ・ブリティッシュコロンビア大学教授)

或る中国文献の日本における運命
−唐代密教の師資相承に関する海雲の書に対する薬雋の批判−


 中国僧の海雲(?-834+)に帰せられる密教書『両部大法相承師資付法記』二巻は、唐代密教史を記述している重要な資料である。しかし、本書は中国においてほとんど流布していなかったようであり、中国において本書が一度でも重大な影響を及ぼしたことを示す証拠は何もない。それに対して、本書は日本においては大変よく知られており、しばしば白熱した議論の的となったのである。本書に対する関心が中国と日本においてこのように相違していることによって、本書がどこで撰述されたのかということが問題となる。本書が日本人のために書かれたということを勘案するとして、中国撰述というよりはむしろ、本当は日本撰述であるとの可能性が存するのではないか。
 本稿ではこの密教書の起源について主に議論するが、第一に、日本密教の二大伝統それぞれの代表として、台密の薬雋(?-1110+)と彼に敵対した東密の恵什(?-1110+)との間に起こった12世紀初頭の激しい論争に際して海雲の書がどのように用いられたかということを議論する。次に、海雲の記録した密教伝承と若干の中国資料とを詳細に比較し、それによってこの興味深い本書の起源に新たな光を当て、また本書が中国における密教伝承についてどのように述べているかを示す。
 薬雋のおかげで、我々は『両部大法相承師資付法記』が中国撰述であるということを再確定し得るのであるが、まさにその再確定によって今度は、日本密教の伝統の形成と変容に大きな役割を果たすことになった複数の密教思想が唐代中国のどこに由来するのかを再確定できるのである。極めて重要であるにもかかわらず、これまでほとんど注意されてこなかった海雲の書を通して、不空の直弟子達によって理解されていた初期の形態へと遡る二種の法脈を跡付けることができることも同じく重要である。これまでに復元することのできた両法脈間の関係は断続的であり、およそ完成には程遠いのであるが、そうであるにもかかわらず、海雲の書によって不空の弟子達が大師(不空)逝去後に半世紀の時間をかけて自分達の法脈を何度も構築し直したプロセスを垣間見ることができるのである。そのように長い時間をかけたプロセスの背後にあるダイナミックかつ複雑な政治的・宗教的行動指針は、それぞれ異なる目的に役立ち得るような二面性を具えた、高度に洗練された法脈を生み出すことになったのである。
 海雲の書はまた、中国・日本間におけるテクストの伝承がどのようにして或る文献の運命を変えたのかという可能性を示す興味深い事例を提示している。日本の密教僧が本書の写本を自国に持ち帰らなかったならば(ただし、日本ではさまざまな目的のために本書が用いられたのであるが)、本書は歴史の塵の中に完全に埋もれてしまったであろう。海雲によって構築された(あるいは記録された)密教の法脈が日本の密教思想の構成に及ぼした深い影響に注目するのは、海雲の書とその中に提示された密教思想が元の中国ではすっかり忘れ去られたにせよ、大変興味深いことである。しかし、本書とその伝承史を大変興味深いものにしているのは以下の皮肉な側面である。それは、海雲が唐代中国の密教伝承を記述するというよりはむしろ規定しようとしただけであるのに対して、日本の密教僧達は海雲の示した二派に分かれる類型を極めて真剣に取り挙げ、そのような二分法の観点から自分達の伝統を何度も練り直し、ついには最澄と空海の名のもとに権威付けられた、敵対し合う宗派的な二大伝統を平安期の日本に生み出すまでに至ったことである。さらに、現代の学者は、唐代の、あるいはそれよりも前の大陸における仏教の伝承にまでそのような宗派的視点を持ち込んでいるのであるが、その行為は結果的に中国仏教史の再現を誤らせ、歪めてしまった。ただし、このことは島国から大陸の仏教に影響を与えた格好の一例とみなし得るのかもしれない。中世の中国仏教に関する我々の理解は、恐らくは今日に至るまでかなり宗派的である日本仏教のあり方に大きく条件付けられてきた。宗派意識というのは中国僧の間では比較的希薄であるという事実に気付いていないため、あるいは単に意図的に無視しているために、学者達は何らかの仕方で日本仏教における宗派相互・宗派内部の関係を中世の中国仏教にまで読み込んできたのである。このことによって、高度に独立し、相互に敵対する中国の学派・宗派という見方が現代の学問に持ち込まれてしまったのである。

  
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