平成23年度 第1回公開研究会
日時
平成23年5月21日(土) 午後3時~4時半
会場
発表者
上杉 智英(本学 戦略的研究基盤形成支援プロジェクト研究員)
高麗大蔵経再雕版の来歴 -『高麗国新雕大蔵校正別録』を通じて-
【発表要旨】
漢訳大蔵経は仏典の集成である。高麗では初雕(11世紀)、再雕(13世紀)と二度開版されているが、その再雕版編輯時における校正記録が、守其等撰『高麗国新雕大蔵校正別録』30巻である。本書は64部74条の校勘記録を収録しており、それによれば再雕版は、北宋開宝蔵、遼契丹蔵、高麗蔵(初雕版)を対照し、本文を定めたものであることが伺える。この内、開宝蔵本は12点、契丹蔵本は7点と、現存数は極めて少ない。しかし近年、開宝蔵の覆刻とみなされる金蔵の影印出版、契丹蔵を底本としたと考えられる房山石経(遼金刻経)の影印出版、南禅寺所蔵初雕版1878巻のデジタルデータ化(高麗大蔵経研究所・花園大学2009)、日本古写経データベースの公開(国際仏教学大学院大学2010)といった、国内外における大蔵経研究の進展・公開に伴い、テキストの比較による校勘内容の検証が可能となりつつある。
本発表では、守其等撰『高麗国新雕大蔵校正別録』30巻の概要を示すと共に、実際にその記述を解読し、高麗蔵(初雕版・再雕版)の当該箇所を参照することで、従来不明瞭であった開宝蔵と高麗蔵(初雕版・再雕版)の関係の一端を明らかにしたい。
小島 裕子(学習院大学非常勤講師)
金剛寺伝来の『宝篋印陀羅尼経』二本 ―古写経に刻まれた歴史と文化―
【発表要旨】
河内長野に所在する天野山金剛寺には、二本の『宝篋印陀羅尼経』(重要文化財)が伝来する。一つは、現在、東京国立博物館に寄託されている経典で、故人にまつわるとみられる消息や今様・和歌の書の紙継ぎによって調巻された料紙の表、当初の墨書の上に同経が金泥で重ね書きされるかたちで書写されている。いま一つは、金剛寺所蔵の経典で、紙継ぎされた消息を紙背に同経が墨書されている。いずれも東密での依用が高い広本系に属する経典で(大正新修大蔵経は享和元年刊の長谷寺本を底本とする)、意匠が凝らされた院政期文化の香り漂う貴重な古写経といえる。
同経は故人の極楽往生を祈願する追善の経典として、浄土経典をも凌ぐとの信仰をあつめて平安末期から鎌倉初期にかけて盛行したが、金剛寺伝来の二本の経典は、まさにそうした信仰を背景に制作された跡を鮮やかに留めたものと認められる。特に前者は、大正十年に黒板勝美氏によって発見されて以来、多くの研究者によって注目された経緯があるが、料紙に見いだせる和歌や今様に対する文学、消息経に対する古筆学など、個別研究の立場から論じられて今日に至る。一方、宝篋印陀羅尼経自体の経典研究としては、中野隆行氏の台密所伝の諸本を分析した先行研究が唯一となっている。
料紙には故人の生前の営みが記憶されており、それらを経巻に仕立てて後世の供養とする願主の思いが写経の一字一字に込められている。本報告では、そうした故人の墨書と願主の写経の文字とが渾然一体となることが同経書写の最たる価値である、という点に視座を置き、同古写経にこめられた歴史や文化的背景を総合的に導き出すことを試みてみたい。
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電話 03-5981-5271
FAX 03-5981-5283
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