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年輪年代法による一切経経箱の年代測定調査

平成25年度シンポジウム発表要旨
光谷 拓美(奈良文化財研究所 埋蔵文化財センター 客員研究員)

はじめに
考古遺物や古建築、美術作品など古文化財に関連する研究の第一歩は、今から何年前に作られたものなのか、それを明らかにすることからはじまる。それを解明するには、考古学や建築史学、美術史学などの固有の研究方法に加えて、さまざまな自然科学的年代測定法が応用される。
この年代測定法のなかに樹木年輪を使った「年輪年代測定法」と呼ばれているものがある。これは考古遺物、古建築部材、木材を使った美術作品や木工品などが調査対象となる。適切なものであれば、その木材試料に刻まれている年輪の年代を誤差なく確定し、その年代情報をもとに木質古文化財に関する年代を推定することのできる優れた方法である。
わが国では1980年頃から実用化を目指し試行的研究を開始した。1985年頃にはヒノキやスギの年輪を使った「年輪年代法」が十分に年代測定法として応用できることを実証し、これまで継続的に研究を進めてきた結果、数多くの研究成果をあげて久しい。

一切経経箱の年代調査
正倉院校倉にある奈良時代の唐櫃にはじまり、平安時代から鎌倉時代~室町時代にかけての文書箱類には、年輪密度が高く、200層以上の年輪を含む良質なスギやヒノキ材を使ったものが数多く残されている。これらのものは年輪年代法を適用するにあたって大変有望な研究対象であり、年輪データの蓄積は重要である。これまでに正倉院宝物木工品の年輪年代調査を最初とし、ついで滋賀県石山寺所蔵の一切経経箱、奈良県興福寺一切経経箱について実施したところ、一切経が中国で開版されたあとあまり時間を経ずして日本にもたらされ、到着後すぐさま日本産のスギやヒノキをつかって経箱の制作がおこなわれたことを確認することができた。これらの年代測定調査を通じて、一切経が寺に納められた年代と経箱の制作年代とがよく符号することが明らかになり、経箱の制作年代が社寺の履歴をひもとくうえでも重要な年代情報を秘めていることがわかってきた。
2010年度に京都高山寺一切経経箱の年輪年代調査を実施したところ、この調査では平安時代後期のものとして5合、5枚の板が確認された。また鎌倉時代前期の板は5合、8枚、鎌倉時代後期の板は2合、2枚が確認された。
このたび岩屋寺一切経経箱の年輪年代調査をおこなった結果、もっとも新しい年輪年代が1284年と判明した。岩屋寺一切経は高山寺のもが移入された可能性のあることが指摘されていることから、1284年の年輪年代と符号するものとして高山寺一切経経箱のなかの鎌倉時代後期の年輪年代を示した2合、2枚の板(1281年、1285年)と一致することが判明した。このことは岩屋寺一切経経箱が高山寺一切経経箱とほぼ同時期に制作されたものであり、後世になって岩屋寺に移入されたことを年輪年代学の立場で実証したことになる。

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