高山寺旧蔵『安楽集』の古写本
―書誌情報について―
平成26年度国際シンポジウム発表要旨
赤尾 栄慶(京都国立博物館学芸部 上席研究員 京都大学大学院 客員教授)
『安楽集』は、中国浄土教の祖師の一人である道綽(562―645)が著したもので、主に『観無量寿経』の教説に基づき、阿弥陀仏に帰依し、西方の安楽世界(極楽浄土)に往生すべきことを説いた書である。
わが国における『安楽集』書写の最古の記録は、おそらく『大日本古文書』巻第八に収められている天平十四年(742)八月二十九日付の「櫟井馬養手実」(同、85頁)と思われる。そこには『安楽集』上巻の書写に三十六枚、下巻の書写に二十八枚、合わせて六十四枚の料紙を使用したことが記されている。六十四枚の中には、願文二枚分も含まれていることから、光明皇后発願の「五月一日経」としての書写の記録と見て間違いない。
高山寺旧蔵の『安楽集』二巻は、現在、京都・野村美術館に所蔵されているもので、各々の表紙外題下に「甲 四十四箱」の墨書があり、首題下に「高山寺」の朱方印が捺されている写本である。これによって、この『安楽集』が鎌倉時代の建長年間(1249―56)に作成された『高山寺聖教目録』の「第四十四甲」に収録されている「安楽集二部」のうちの一部であることが確実となってくる。
上巻は、全体十九紙からなり、一紙の基本的な大きさは60㎝弱、一紙に書写されている行数は三十二行が標準となっている。下巻は、全体が十五紙、一紙の大きさは60㎝前後で三十一行の書写である。二巻は一筆で、いずれも一行に二十四字前後が書写され、首尾は完存している。本文は、力強く端正な字すがたの楷書体で書写されているが、やや伸びやかさに欠ける筆線であることから、書写年代は奈良時代よりも平安時代の九世紀初期と考えたい。
完存している『安楽集』の写本では現存最古の写本と考えられる、貴重な写本である。尚、書写年代については、さらに考察を深めたい。