平成31年度 第1回公開研究会
日時
2019年5月11日(土)午後3時15~午後5時00分
会場
発表者
李 乃琦(外国人特別研究員)
「日本古辞書における中国仏典音義の引用について」
【発表要旨】
日本の辞書編纂史は平安時代から始まり、今でも続いている。辞書編纂の萌芽時代である平安期では、参照することができる資料が限られており、中国からもたらされた文献が少なくない。そのため、日本辞書の源流を遡る際には、中国文献の検証を避けて通ることはできない。
この点から、本研究は中国文献の引用という視点に立って、日本古辞書についての考察を試みる。古辞書の中で、平安時代漢和辞書の双璧として広く知られているのは『新撰字鏡』と『類聚名義抄』である。『新撰字鏡』は現存する日本最古の漢和辞書であり、玄応撰『一切経音義』(以下、『玄応音義』とする)の利便性を高めるために成立したものである。一方、『類聚名義抄』は平安時代の音義書を集大成するものであり、130種以上の出典が明記され、多数の文献を引用したことが窺える。その中で引用数が最も多いのは『玄応音義』である。つまり、この両書の共通点として、最も注目すべき点は『玄応音義』の引用である。
なぜ『玄応音義』は日本で辞書編纂の根幹資料として使われていたのだろうか。それは、『玄応音義』の成立背景とその網羅的内容とが深く関わっている。玄奘は唐代にインドから大量の仏典をもたらした。玄応は玄奘の「訳場」で仏典を翻訳する際に、難字難語を解釈するために『玄応音義』を編纂した。
『玄応音義』は中国に現存する最古の仏典音義であり、当時の「仏学大辞書」とも言える。また、『玄応音義』は450部以上の仏典に対して、10,000近くの項目を収録している。それらの言葉を解釈するために、仏典のみならず、『爾雅』・『説文解字』など大量の漢籍を引用した。さらには、当時の言語状態・発音にのみならず、方言まで詳しく説明した。現時点でも、『玄応音義』は仏典音義という役割のみならず、唐代の「言語大辞書」という側面も有している。翻訳された仏典の伝播に伴い、『玄応音義』も広く伝わった。現在残されている『玄応音義』は版本と写本の二種類である。版本においては、中国の磧砂蔵、金蔵などがあり、写本においては、日本の古写本とイギリス・フランス・ドイツ・ロシアの敦煌・吐魯蕃断片群が存する。それらのうち、現存の中国の版本と日本の写本とが異なる系統に依拠して成立したということはほぼ定説になった。
つまり、奈良時代に仏典が日本に伝来する際にも『玄応音義』は仏典を解読するための優れた「辞書」として日本に伝わってきた。現在10種以上の『玄応音義』の写本が残っていることからも、当時各地の寺院で頻繁に勉学・書写されたことが窺える。
本研究では、膨大な言語情報を持つ『玄応音義』が日本に伝来した後、どのように利用されたのか、特に日本古辞書の編纂にどのような影響を与えたのかを解明することを目的とする。そのため、平安時代の代表的な古辞書である『新撰字鏡』、『類聚名義抄』と現存する最古の仏典音義の『玄応音義』を比較して、日本辞書編纂史における中国文献の享受の一端を考察する。
道元 徹心(龍谷大学 教授)
「源信撰『阿弥陀経略記』について ―東京大学図書館所蔵写本と諸本との比較を通して―」
【発表要旨】
『阿弥陀経略記』は恵心僧都源信(942-1017)が最晩年の長和三年(1014)73歳のおりに撰述した鳩摩羅什訳『阿弥陀経』の注釈書である。本書は同じく『阿弥陀経』を注釈した天台大師智顗(538-597)の『阿弥陀経義記』の要点を踏まえ詳しく解釈した浄土教文献といえる。源信には寛和元年(985)44歳の時に著した『往生要集』があるが、それから約30年後に書かれた本書は、『往生要集』では明確に説かれていない無量寿三諦説などがみられる点で、源信の思想展開を探る上で見逃せない文献である。
『往生要集』には相当量の解説書があるが、この『阿弥陀経略記』には講読のための解説書が出ていない。そして、『阿弥陀経略記』は『大正新脩大蔵経』(底本:承応3年(1654))、『恵心僧都全集』(底本:元禄3年(1690))、『大日本仏教全書』(底本:元禄6年(1693))に所収されている。ただ『恵心僧都全集』のみが底本の対校本として寛永7年(1630)本を扱っている。それらはすべて近世初期の版本であるが、東京大学総合図書館には鎌倉・南北朝時代と推定される写本が現存している。
私の所属する12名の研究グループは、この東京大学総合図書館所蔵写本を底本として金沢文庫所蔵写本(前半部分が欠)・仏教大学所蔵寛永7年版本・仏教大学所蔵承応3年版本・龍谷大学所蔵元禄3年版本を対校して、本文校訂・書き下し・訳注を施した『阿弥陀経略記』講読本を作成中である。
東京大学総合図書館所蔵写本と元禄3年版本との校異により文章の意味が変わる例などが先行研究でなされている。それ以外にも校訂によって文章の解釈が異なったり、より意味が鮮明になる事例の一部を本発表で紹介したい。加えて『阿弥陀経略記』にみられる不退転の問題や天台教学との関係について先行研究を踏まえながら考察していくこととする。
また『阿弥陀経略記』に対して『往生要集』『一乗要决』『観心略要集』との文章の重複箇所についても触れながら文献の引用傾向も試論したい。
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